ついに描かれた「本能寺の変」。武田を滅ぼし東国を統一し、天下統一に王手をかけた——その絶頂から、わずか一夜での転落でした。
でも、この第27話をただ「信長が討たれた回」として見ると、いちばん大事なものを見落としてしまいます。この回の本当の核心は、「豊臣兄弟」というタイトルの裏で、もう一組の兄弟——信長と、かつて信長が討った弟・信勝の物語が、最も痛切な形で幕を閉じたことにあります。
放送前の見どころ記事では予想として書いていた部分が、放送で次々と”答え合わせ”されていきました。この記事では、放送を見たからこそ書ける真相を、順を追って考察していきます。
豊臣兄弟!第27話:黒幕は足利義昭ではなかった⁉︎
本能寺の変というと、ふつうは「光秀はなぜ信長を討ったのか」に目が向きます。でもこの第27話は、その”入り口”からして通説とは違っていました。まず、ずっと宙づりにされてきた最大の謎から決着をつけましょう。
密書の黒幕は、義昭ではなかった
まず、この回いちばんの衝撃から。ずっと引っぱられてきた「密書の黒幕は誰か」という謎——その答えは、足利義昭ではありませんでした。
すべては、織田信澄ただ一人の、20年越しの復讐だったのです。
信澄が語った、20年越しの復讐
信澄は、信長が討った弟・信勝(信行)の息子。劇中で信澄は、隠してきた本心をすべて言葉にします。
- 父を殺された子が仇を討とうとするのは、不思議なことではない
- 母・ちよと「いつか必ず信長を討つ」と約束した
- 父が果たせなかった下剋上を、自分が果たす
- 20年間、その心を誰にも見透かされないよう、じっと時を待ってきた
匂わせではなく、信澄自身の口からはっきりと語られたところに、この回の容赦のなさがあります。しかも本心を明かした信澄が、心地よさそうに笑っている——その姿がいっそう怖い。
25話・26話の伏線が、一気に回収される
そして、25話・26話の伏線がここで一気に回収されます。25話で光秀に届いた「義昭の花押入りの密書」、26話で信澄が明かした「御内書を書いたのは私」——あれは、信澄が義昭の名を騙って使っただけだったのです。義昭本人は、最初から蚊帳の外でした。
👇 25話の密書の謎はこちら
👇 「御内書を書いたのは私」の衝撃はこちら

足利義昭公であれば良かったとも思ったのに…。
でも、まさか信澄だとは思わなかったので、ひっくり返るほどびっくりしました。
📌 まとめ
本能寺の黒幕は義昭ではなく、信長が討った弟・信勝の息子・信澄の私怨だった。25話の花押、26話の御内書は、信澄が義昭の名を利用した布石にすぎなかった。
豊臣兄弟!第27話:毒事件の答え合わせ——手引きは信澄だった
信澄の復讐は、本能寺の当日に突然始まったわけではありません。その予兆は、少し前に起きた毒事件のなかに、すでにまぎれ込んでいました。あの「犯人が分からないまま」だった一件が、この回でつながります。
安土の饗応で、光秀が殴られる
見どころ記事で「犯人が明かされないまま終わる」と書いた、あの安土の饗応での毒事件。放送では、犯人が明かされました。
家康をもてなす席で毒が発覚し、信長は接待役の光秀を殴る蹴るで問い詰めます。「答えろ!光秀!」——その果てに明かされたのが、毒を手引きしたのは信澄、毒と銭を渡していた、という事実でした。
家康の側にも潜む、不穏な影
そしてこの饗応の席には、家康の存在も影を落としていました。家康にとって信長は、かつて自らの妻と嫡男の死に深く関わった相手でもあります。その屈折した思いが、静かに画面ににじんでいました。
📖 史実メモ|家康と「松平信康事件」
1579年(天正7年)、家康は正室・築山殿(つきやまどの)と嫡男・松平信康(のぶやす)を失っています。通説では、嫡男・信康の素行や、築山殿の「武田内通」の嫌疑を理由に、信長が処分を命じ、家康がやむなく従った——とされてきました。ただし近年の研究では、信長の命令ではなく、対武田政策をめぐる徳川家中の対立のなかで、家康自身が下した苦渋の決断だった、とする見方も有力になっています。いずれにせよ、家康にとって信長は「妻子の死」と切り離せない相手でした。

光秀がいつものごとく責められ、挙動不審になり、叩かれ殴られ、蹴り倒される…。可哀想でしかなかったですよね。でも、信澄の決意も固い。光秀の心の内が読まれているからこそ、光秀の気持ちも固まるというところでした。
豊臣兄弟!第27話:光秀はなぜ壊れたのか——義昭の「巻き込むな」
首謀者が信澄だったとして、では実際に兵を動かした光秀は、何を思って本能寺へ向かったのでしょうか。ここには、信澄の”私怨”とはまるで質の違う、もう一つの動機が隠れていました。
光秀は”迷いのない私怨”では動いていない
ここが、この回のもう一つの読みどころ。光秀は、信澄と同じ”迷いのない私怨”で動いたわけではありませんでした。
信澄は舅である光秀に「舅殿なら私の気持ちがわかる」と、光秀自身が抱える恨みを見抜いたうえで、「ときは今じゃ、共に立ち上がってくだされ」と共闘を持ちかけます。この時点の光秀には、まだ「勝算」があった。単独の暴発ではなく、公方(義昭)という大義名分と後ろ盾が付くはずだったからです。
義昭に送った使者と、返ってきた拒絶
だから光秀は、家臣・斎藤利三を義昭のもとへ送ります。味方になってほしい、と。
ところが返ってきたのは——「もう、わしを巻き込むな」。
ここで光秀の絵図が崩れます。大義名分も後ろ盾も、実は最初から無かったことが確定した瞬間。そのあと光秀が半狂乱で泣き笑いしながら「敵は本能寺にあり」と号令する——あれは、勝ち筋が見えて奮い立ったのではなく、もう引き返せないところまで来てしまった人間の壊れ方として描かれていました。
そしてこの絶望は、次回28話への伏線にもなっています。28話で光秀は細川藤孝にも筒井順慶にも見放され、孤立していく。「頼りにした相手に、ことごとく背を向けられる」という光秀の敗因パターンは、実はこの義昭の「巻き込むな」から始まっていたのです。
👇 光秀という人物をもっと深く
信澄・光秀・義昭、三者三様の”温度差”
こうして整理すると、本能寺に向かう三者の”温度差”がくっきり見えてきます。
- 信澄=20年の私怨。義昭の名を騙ってでも、必ず討つ。迷いなし
- 光秀=恨みはあるが、大義(義昭の後ろ盾)を信じて乗った側。その大義が土壇場で消え、絶望のまま決起
- 義昭=実は最初から無関係。名前だけが独り歩きした
同じ「本能寺の変」でも、動機の質がまるで違う三人。この温度差こそ、諸説を並べる動機論とは別の角度から見た、この回の人間ドラマです。
👇 動機・黒幕の諸説まとめはこちら

光秀は従順でもあったけども、あまりにも野望がなかったように思えるんです。
だからこそ、今回の公方の返事がトリガーになった気がしますね。
豊臣兄弟!第27話:信長と小一郎、夜の対話——信勝の面影の集大成
謀反へと向かう外側の動きを追ってきましたが、この回にはもう一つ、まったく静かな軸が流れています。信長自身の、亡き弟をめぐる心の動きです。ここが、後半の幻影へとつながる伏線になります。
「兄を殺したいと思うたことはあるか」
毒事件の混乱が収まった夜。信長は、かつて自らの手で討った弟・信勝の位牌に、静かに手を合わせていました。
そこへ小一郎が呼ばれます。信長は問いかけます。「兄を殺したいと思うたことはあるか」。
小一郎の答えが、この物語の核心を突きます。
「それでも、放っておけない。どうでもいいと思っていたら、腹も立たない。憎いのは、慕っているのの裏返し。信勝様もそうだったのでしょう。信勝様は、恨んでおりませぬ」
到底かなわぬ兄をもった弟の気持ちが、自分にはわかる——そう語る小一郎に、信長は「たわけものが」と返しながらも、その言葉を否定しきれないのでした。
弟の面影を重ねた相手が、刺客だった
26話で信澄に、そしてこの27話で小一郎に。信長は繰り返し、亡き弟・信勝の面影を重ねてきました。この夜の対話は、その積み重ねの集大成です。そして皮肉なことに、信長が「弟」を重ねていた信澄こそが、その信長を討とうとしていた張本人だった——この対比が、あまりにも残酷に効いてきます。

信長は小一郎の一言に今まで何度も救われていると思います。
今までの小一郎の従順、そして媚びることのない、はっきりとした言葉。
その言葉はいつも思いやりに溢れていますよね。
小一郎の言葉は(秀吉を知っているからこそ)信じられたのだと思います。
📌 まとめ
信長が「兄を殺したいと思うたことはあるか」と問い、小一郎が「憎いのは慕っているの裏返し」と答える夜の対話。信長が弟の面影を重ねた相手(信澄)こそ刺客だったという皮肉が、この場面の重みを増している。
豊臣兄弟!第27話:炎の中の幻影——信長が最期に見たもの
いよいよ、運命の夜が訪れます。炎に包まれる本能寺で、信長が最期に”見た”もの——それは、ただの走馬灯ではありませんでした。
立ち現れる、壊してきたものたち
そして本能寺の変本編へ。
6月、わずかな供回りで本能寺に入った信長を、明智軍が取り囲みます。蘭丸が「明智光秀どの」と告げると、信長は落ち着いていた。自ら鉄砲を取り、槍を取って戦うも、圧倒的な軍勢の前に傷を負い、寺は炎に包まれていきます。
朦朧とする信長の前に、幻影が次々と立ち現れます。
- 炎の中に、浅井長政(「相撲の決着をつけましょう」〔要確認:セリフの言い回し〕)
- 泣きじゃくる子どもたち、女子供たちの姿
- そして「父の仇、死ね」と斬りかかる信澄
信澄の「死ね」から助けたのは、信勝だった⁉︎
——ところが、その信澄から信長を助けたのは、信勝でした。しかもその姿は、蘭丸のものだった。
(信長は幻影を見ていたのです)
この幻影の行列は、ただの走馬灯ではありません。信長がこれまで壊してきたもの、奪ってきた命が、順番に立ち現れる構成になっています。討った相手、焼いた命、そして手にかけた弟。その最後に、討ったはずの弟・信勝が”助ける側”として現れる——ここに、この物語の答えが用意されていました。

いつでも無我夢中で暴力的に生きてきた信長ですが、やっぱり後悔も多かったんだろうと思いました。蘭丸が信勝に見えたのは、やっぱり元々仲が良かったんだろうなと思いました。
📌まとめ
信長が最期に見る幻影は、浅井長政→女子供→信澄→信勝と続く「壊してきたものの行列」。信澄の「死ね」から信長を助けたのが信勝だった、という逆説が、兄弟の物語の帰結を象徴する。
豊臣兄弟!第27話:「是非もなし」は誰への言葉だったのか
幻影の果てに、信長は最期の言葉を残します。あまりに有名なあの一言を、この回が積み上げてきた文脈のなかで読み直すと、まったく違う意味が立ち上がってきます。
短刀を受け取り、信勝の幻影と向き合う
この回、最大の読みどころ。信長の最期の「是非もなし」——あの有名な一言の”宛先”です。
炎と斬り合いのなか、蘭丸がひざまずいて短刀を差し出し、信長がそれを受け取ります。そして信長の前に、信勝の幻影が現れる。信勝が「兄上、われらの一生、ろくなものではございませんでしたな」と語りかけ、信長は弟への返事のように 「是非もなし」 とつぶやいて、刃を腹に指す。前かがみに、苦しみながら倒れていく——観客に見えるのは、その背中だけです。
このあたりは幻影と最期が畳みかけるように描かれていくので、どこで何が起きたか、細かな前後まではっきり追いきれないほどでした。それでも確かに残るのは、信勝の言葉と「是非もなし」が、地続きのものとして描かれていたという手ざわりです。
「是非もなし」の宛先は、弟だった
もし「是非もなし」が、幻影とは切り離されて単独で置かれていたなら、あの一言はただの諦め、史実の名台詞のなぞりで終わってしまう。でも実際は、信勝の「ろくな一生じゃなかったな」という語りかけと分かちがたく結ばれていました。だからこそあの言葉は、光秀への諦めでも、天下への未練でもなく、弟への返事として響くのです。
「是非もなし」の宛先は、弟だった。ここが、この回いちばんの発見だと思います。
そして最期を背中だけで見せる演出。顔のアップで泣かせにいかず、内面を観客に覗かせない。それによって、あの兄弟のやり取りを”二人だけのもの”にして、静かに幕を引いています。
介錯なき最期——独りで果てる信長
もう一つ。この回には介錯シーンがありませんでした。 蘭丸は短刀を渡したあと駆け去り、介錯の刀を持って戻ってくる場面は描かれない(介錯用の刀を探しに走ったようにも見えました)。結果として信長は、誰の手も借りず、独りで果てます。
普通の大河なら「殿、お覚悟を」で家臣がスパッと介錯する”型”を通すところ。それをあえて外した。介錯という”他人の手”を排したことで、信長は最期まで「弟を独りで討った兄」のままだった——かつて弟を手にかけた孤独と、誰にも介助されない最期の孤独が、あの瞬間に重なります。

「是非もなし」という言葉が発せられた時、豊臣兄弟の様子が浮かんでくる信長。
この兄弟に任せられれば、それで自分の役割は十分だったと思わせるような、そんな一言だったと思います。
📌 まとめ
「是非もなし」は信勝の言葉への”返事”であり、宛先は弟だった。介錯は描かれず、信長は独りで死ぬ。介錯の型をあえて外したことで、「弟を独りで討った兄」の孤独が最期に重なる。
まとめ
第27話「本能寺の変」は、織田家の絶頂から一夜での転落を描きながら、その底に兄弟の因果の帰結を沈めた回でした。
- 黒幕は義昭ではなく、信澄20年の私怨だった(花押・御内書はその布石)
- 毒事件の手引きも信澄。復讐は本能寺の前から動いていた
- 光秀は義昭に「巻き込むな」と拒まれ、大義を失った絶望のまま決起した
- 信長が弟の面影を重ねた相手(信澄)こそが刺客だった、という残酷な対比
- 最期の幻影は、信長が壊してきたものの行列。その果てに信勝が現れる
- 「是非もなし」は弟・信勝への返事だった。介錯もなく、独りで果てる
信長が討った弟・信勝の因果が、その息子・信澄の手で、20年越しに返ってきた——「豊臣兄弟」というタイトルの裏で、壊れたもう一組の兄弟の物語が、こうして静かに幕を閉じました。
そして舞台は次回・第28話「急げ!秀吉」へ。信長の死を、まだ備中の秀吉・小一郎は知りません。この”時間差”から、中国大返しと「救出→仇討ち」の物語が動き出します。









コメント